こんにちは〜。セラピスト編集部のササキです。
いよいよ花粉が本格的になってきて、毎朝憂鬱な季節です。今年もひどいですね。
さて、あまり明るくない話ではありますが…
先日、母方の祖父が亡くなりました。
昨年末くらいから、「果たして、あと2カ月もつだろうか…」
と言われていたので、そう考えると1カ月近く長生きしたことにはなります。
そんなわけで、行ってきました。
新潟県長岡市。両親の出身地です。
今年は雪が多かったので、街中のいたるところに雪が積もっています。
寒い!
ちなみに、生後4カ月の娘にとっては初めての長岡です。
どうだ寒いだろう、娘よ。
…と思ったら、ぐーすか寝てました。
祖父は、90歳で亡くなりました。
そしてこの1〜2年は、叔母は昼夜のない、睡眠時間もない介護に勤しんできました。
ですから、「充分に生きただろう」と、
そこまでの悲壮感はありません。
新潟のソウルフード「イタリアン」だって食べちゃいます。
イタリアンと言っておきながら、焼きそばです。
焼きそばに、トマトソースがかかっているものです。
名古屋の人にとっての「寿がきや」みたいなもので、母は
「部活の帰りに、本当によく食べた!」と懐かしがっていました。
ちなみに、これも今回初めて知った
サッポロが出している、新潟限定のビール(後ろは、地ビール第1号として有名なエチゴビール)。
ただ、通夜が終わり、告別式があり、読経が終わって
最後のお別れで、花を敷き詰める時は…
やはり、これまでの思い出が頭をよぎります。
農家を営むじいちゃんの畑で、一緒に木から桃をもいで、
洗わずに服でゴシゴシ拭いて、そのまま食べたこと。
畑のすぐそばを流れる川で、一緒に釣りをしたこと(今はドブ川…)。
エサのゴカイを針に付けられない私に、付け方を教えてくれたこと。
ビニールハウスの中でいっぱいに成っているイチゴを、
好きなだけ食べさせてくれたこと。
孫の中で唯一の男だった私をとてもかわいがってくれ、
「将来的に学費がかかるなら、田んぼを売ってもいい」とよく言っていたこと。
私にとって、ありがたい存在でした。
顔はすっかり骨と皮だけになっていましたが、
手の指の太さは、農業一本で家族を養っていた男の手でした。
祖母は59歳という若さで亡くなったので、
27年ぶりに夫婦が再会できたことになります。
そう思えば、良かったのかもという気すらしてくるから不思議です。
ちなみに通夜の晩、私は葬儀場に祖父と一緒に宿泊したのですが…
祖父の亡骸と娘の寝顔を見比べて、
生と死を、これまでになく随分と真剣に考えました。
ありきたりな言葉ではありますが、命はこうして続いているのかな、と。
この娘がいつか母になり、祖母になる過程を
私はいつまで見届けることができるのだろう。
答えは分かりませんが、いずれ果てる日まで、
悔いのない人生を送り、悔いのない子育てをしたいものです。