「ねえちょっとそこの若い人、席をどいて!」
人を押し分け、白髪を振り乱しながら眼前に迫ってきた
赤ら顔のおばさまにおののき、
私は条件反射的に優先席を立った。
隣の女性の方が若そうだったが、そんなことはどうでもいい。
「私、心臓が悪いのよ!!お願いだから、その携帯電話、辞めてくれない?」
おばさまは大声で周囲に言い放ち、さらには、
両隣やつり革につかまった人の顔を鬼気迫る眼で覗き込みながら、
挙げ句は中腰で対面席まで行って、1人ひとりに懇願して回った。
おばさまは、正しい。けれど、イタイ、イタ過ぎる…。
その場に居合わせた人は、みなそう思ったに違いないが、
近づかれると恐れをなして、素直にスマホをしまっているのが可笑しかった。
「お酒飲んでカラオケして、その後ダンスしちゃったもんだから、
心臓がバクバクしちゃって…。」
…は、はあ〜そうですか。。。
と、心で苦笑した瞬間だった。
「あ、あんた!!」
と、人を食うほどの大きな眼で捕らえられてしまった私は、
本の陰でスマホをしていたのがバレたのかと、全身が凍りついた。
「席譲ってくれて、ありがとう!」
「(…どう…いたし…まして…)」
私は声にならず、必死にひきつった笑顔をつくった。
そこからだ。イタイおばさまと私の愛のセッションが始まったのは―–。
「荷物重いんじゃない? ここに置けるわよ」
「あんた、どこまで行くの? 遠いんじゃない? 大丈夫?」
「あ、向こうの席、空いたわよ、座ったら?」
少し離れたところに立ったにもかかわらず、
事あるごとに言葉をかけてくれるもんだから、
周囲に丸聞こえで恥ずかしいったらありゃしない。
でも、イタイおばさまのドストレートな感謝の気持ちが痛いほど伝わり、
鬼気の中に、子どものような無邪気な純粋さと人生の哀愁を感じとった私は、
その度に「大丈夫です」と小声でつぶやきながら、
最大限の愛を込めて微笑みを返したのだった。
「このおばさまが、幸せになりますように」
終いには、そんな祈り心になっていた。。。
するとおばさまは、徐にお財布か何かをもぞもぞしたかと思うと、
「これあげるから、使って」
と1枚のカードを私に手渡した。
「マックのポテトがもらえるから。小さい方だけどね」
…おばさまがくれたのは、マクドナルドのフライドポテトの「特別招待券」(笑)。
私は、感動と可笑しさで涙が出そうになった。
おばさまは、私に対して最大の礼を尽くしてくださったのだ。
実はそのおばさま、降りる駅も同じだった。
ホームでも愛のセッションは続く。
「ああ、あんた、ありがとうね。あの券、使ってね」
その言葉が、霜月の夜空の下で耳にこだました。
この天が下で、同じ地元の空気を吸っている―–。
不思議な気持ちになった。
いつかの世でも、袖をすり合せていたのだろう。
――見知らぬ人との愛の交流が、
この惑星を少し優しくするのかもしれない――
その日以来、マックの招待券は私のお守りになって、
定期入れに入っている。
心がカサカサしたときに効く、愛のお守りだ。
Maria