第4回アンズのものがたり
私たちの身近には、さまざまな植物が存在します。日頃から親しんでいる香りもあれば、ちょっと嫌だな……と感じる臭いなど、それぞれの色や形を持ち、さまざま匂いを放つ植物たち。連載第4回は、「アンズ」のものがたりです。同時に、雑誌「セラピスト2月号」でも連載をしています。こちらは「ウメ」を紹介。是非ご覧ください。
文◎指田豊
アンズは、ウメと近縁の落葉高木です。3月下旬から4月にかけて、ウメほど一般的ではありませんが、庭先などでアンズの花(写真A)が見られます。ウメが寒空の中で香りを漂わせながら凛として咲いているのに対して、アンズは香りはありませんが、ふくよかな淡紅色の花に陽を一杯に浴びて、心躍る春が来たことを教えてくれます。花は枝の1箇所に2輪、ときに1輪を付けます。花の径は約3cm、花弁は5枚、がく片も5枚で外側に反り返るのが特徴です。
果実(写真B)は6〜7月に熟し、ウメより大きく直径が3〜4cmで、外面には微細な毛が生えています。中心に硬い核(内果皮)があり、これを割ると中にアーモンドのような形をした種子があります(写真C)。
アンズの原産地は中国の北部で、新疆ウイグル自治区に野性の純林が見られます。これはウメが中国南部原産で、長江流域以南で栽培されているのと好対照です。
左:熟した果実、中:果実の中にある内果皮、右:内果皮を割ると出てくる種子(杏仁)
紀元前2〜1世紀頃、西に伝わり東ヨーロッパのアルメニアで栽培されるようになりました。学名のarmeniacaは、この植物がアルメニア産と考えられたために付けられました。日本にいつ渡来したかは分かりませんが、カラモモ(唐桃)の名で「古今和歌集」(905)に登場し、漢和辞典の倭名類聚鈔(わみょうるいじゅうしょう)(930年代)も杏子をカラモモ(加良毛ゞ)としているので、この頃には日本に定着していたようです。
アンズの果実は生食の他、干しアンズ、ジャム、シロップに加工します。香りの成分はゲラニオール、リナロールなど80種以上の成分からなっているそうです。種子は杏仁(きょうにん)と言い、漢方で咳、痰、むくみなどに用います。
種子にはアミグダリンが含まれていて、水の中ですりつぶすと梅酒のような香りのベンズアルデヒドと猛毒な青酸が発生します。種子の粉末、砂糖、牛乳、ゼラチンまたは寒天で作った杏仁豆腐(あんにんどうふ)は、名前のように豆腐に似ており、良い香りと甘い味の食べものです。青酸は気体で飛び去っていますので、危険はありません。それでは製造中は青酸ガスを吸って危険かというと量が少ないのでまず心配はありません。杏仁そのものをたくさん食べると胃で青酸が発生して危険ですが、そんなことをする人はいないでしょう。
学名 (科名)
アンズPrunus armeniaca L. var. ansu Maxim.(中国産はホンアンズP. armeniaca L. var. armeniaca)
別名
英語でapricot
匂いの部位と匂いの成分
果肉:ゲラニオールgeraniol、リナロールlinalool、ベンジルアルコールbenzyl alcoholなど。
種子の分解物:ベンズアルデヒド benzaldehyde
似た植物:ウメ(ウメの項をご覧ください)
話題
漢方でアンズの種子を杏仁と言うのに対して桃の種子を桃仁(とうにん)と言います。両者の主な成分は脂肪とアミグダリンでよく似ていますが、杏仁は駆水薬、桃仁は駆瘀血薬で働きが違います。瘀血(おけつ)は流れが悪くなった血を意味しています。
著者プロフィール
指田豊(さしだゆたか)さんさしだゆたか 東京薬科大学名誉教授、日本薬史学会理事、日本植物園協会名誉会員。1971年東京薬科大学大学院修了(薬学博士)、1989-2004年東京薬科大学教授。専門は薬用植物学、生薬学。 定年退職後は薬用植物・ハーブを中心に身近な植物の観察と活用に関して、講演、執筆、野外観察指導などをしている。著書に『薬になる野の花・庭の花100種』(NHK出版)、『身近な薬用植物』(平凡社)他。