第8回カツラのものがたり
私たちの身近には、さまざまな植物が存在します。日頃から親しんでいる香りもあれば、ちょっと嫌だな……と感じる匂いなど、それぞれの色や形を持ち、さまざまな匂いを放つ植物たち。連載第8回目は、「カツラ」のものがたりです。同時に、雑誌「セラピスト10月号」でも連載しています。こちらは「キンモクセイ」を紹介。是非ご覧ください。
文◎指田豊
カツラ(写真A)は、本来は深山の渓谷の近くなどに生える雌雄異株(しゆういしゅ)の落葉樹で高さ30m、直径2mにもなる大木です。山ではポツリポツリと生えるむしろ稀な植物ですが、栽培が比較的に容易なので、雄大な姿や秋の黄葉(こうよう)を楽しむために、庭木や並木によく使われます。また材木の質のきめが細かく、高級な家具材になったり、版画の板や将棋盤などにも使われます。
葉(写真B)は葉柄(ようへい)の付け根の部分が、平らか内側に凹んだハート型で、秋には黄葉(こうよう)します。花は春に咲きますが、雄花は長さ5mmほどの多数の赤紫色の雄しべがあるだけ、雌花は長さ1.5cmの緑色の雌しべが数個あるだけで花弁もがく片もない、なんとも単純な花です。
秋、葉を落としたカツラ並木の下を歩いていると、なんだか懐かしい甘い香りがしてきます。子どもの頃、お祭りの広場に漂っていた綿あめの匂いです。これは落葉したカツラの葉から出るマルトールという成分の匂い。元気な葉は無臭ですが、熱を加えるなどで葉が萎れるとマルトールができて匂うのです。 マルトールは、砂糖が焦げたときに発生する成分でもありますので、綿あめの他、砂糖で作ったカルメ焼きやカラメルの匂いでもあります。また、食パンからもかすかに匂ってくることがあります。それでその匂いを嗅ぐと砂糖を想像し、甘い香りと感じるのです。 そんな甘い匂いが漂う、秋のカツラ並木の下を歩くのは楽しいのですが、中にはその匂いを嫌う人がいます。その理由は“砂糖と醤油で煮た魚を食べた後のゴミの匂い”がするからだそうです。匂いの感じ方は人それぞれですね。 またカツラの葉は草木染にも用いられ、絹や羊毛を黄褐色に染めます。草木染をしている女性が 「葉を煮ていたらあまりにも甘い香りがしてきたので、煮汁を舐めてみたけれど甘くなかった」と笑っていました。 銀座の並木というと“昔恋しい銀座の柳”というフレーズの歌謡曲の影響のせいか、ヤナギを思い浮かべる人が多いようです。しかし、銀座の並木は何回も変わっています。明治の初めはサクラやマツでしたが、自動車の排気ガスの影響かうまく育たずヤナギに代わりました。 歌謡曲の影響もあってヤナギの並木は永く続きましたが、1968年にシャリンバイに代わりました。そのシャリンバイは常緑の低木なので、並木にはならず、生垣みたいな印象でした。 2004年に針葉樹のイチイの並木になりましたが、2021年の東京オリンピック・パラリンピックに合わせてカツラに代えることになり、現在は銀座1丁目から8丁目までの並木はすべてカツラになりました(写真C)。
学名(科名)
カツラ (桂) Cercidiphyllum japonicum Siebold et Zucc. (カツラ科)
匂いの部位と匂いの成分
しおれた葉:マルトール maltol
話題
日本ではカツラを漢字で桂と書きますが、これは日本だけの習慣です。中国ではカツラは連香樹と書き、桂はシナモン類を指します。また、キンモクセイを指すことがあります。中国の観光地として有名な桂林市は、キンモクセイの木が多いことで有名ですし、桂花茶はキンモクセイの花をブレンドした飲み物です。
著者プロフィール
指田豊(さしだゆたか)さんさしだゆたか 東京薬科大学名誉教授、日本薬史学会理事、日本植物園協会名誉会員。1971年東京薬科大学大学院修了(薬学博士)、1989-2004年東京薬科大学教授。専門は薬用植物学、生薬学。 定年退職後は薬用植物・ハーブを中心に身近な植物の観察と活用に関して、講演、執筆、野外観察指導などをしている。著書に『薬になる野の花・庭の花100種』(NHK出版)、『身近な薬用植物』(平凡社)他。