対談 稲本正さん(日本産精油「yuica」生みの親)× 中村桂子さん(生命誌研究館館長)[特別編](前編)

投稿日:2018年7月11日

“地域の自然”を香りで感じられることから、最近、再び注目を集めている日本産の精油(アロマ)。セラピスト2018年8月号(7月7日発売号)から始まる連載では、日本産精油を通して、自然と再びつながる方法を探っていきます。第1回目は、日本産精油yuicaの生みの親である稲本正さんと、“生命誌”を研究する中村桂子さんとの対談が実現しました。
対談場所は、中村さんの成城のご自宅です。国分寺崖線の斜面を活かした庭はまるで小さな森のよう。晴れた日には遠くに富士山も望むことができるという眺望も素晴らしく、木陰から涼しい風が。レンガを用いた階段上にはテラスや花壇がつくられており、それが趣のある空間を生み出していました。本誌ではお届けしきれなかった、稲本さんと中村さんのお話をスペシャル企画として紹介します。
取材・文◎中澤小百合 写真◎山下由紀子

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手入れをすれば、香る森に生き返る


中村さんのご自宅の庭

稲本正さん(以下、稲本) 今日、ご自宅に伺って、中村さんは東京に居ながら植物に囲まれて暮らしていることに驚きました。

中村桂子さん(以下、中村) 私は東京人だし、生きていくためにはここで暮らすしかないんですけれど、都心の高層マンションに暮らそうとは思わないのです。私には無理ですね。

稲本 でも、庭に高低差が結構あるから、手入れは大変でしょ?

中村 レンガの階段を登ったり降りたりしながら、手入れしています。息子からは「いつまで登れるの」と言われているけれど(笑)。世田谷区の「一般財団法人世田谷トラストまちづくり」のオープンガーデンに協力していて、月に1回、庭を開放しているんです。見に来てくださる方が、ボランティアとして、庭の手入れをしてくださるのが本当にありがたくて。自然が好きで、知識も豊富な方たちなので、教えていただきながら楽しんでいます。


高低差のある庭。レンガの階段で昇り降りする

稲本 「手入れをすること」は、日本全体で必要なことですね。今、日本の森は、ほとんど手入れされていないんです。でも不思議なもので、手入れされた元気な森からは香る植物がいっぱい育って、良いアロマがたくさん摂れる。放っておくと、昆虫や鳥がいなくなり、森の状態が悪くなってくる。

中村 ええ。四国で林業をしている知人が、あるときから鳥に関心を持ち始めたのですが、自分が手入れしている場所で、「今日はこの小鳥が鳴いた」と、春夏秋冬、楽しんで録音をしているところから、ある時、手入れをされていない隣の山林に録音機を置いてみたら、鳥の鳴き声がしないんですって。その森では、アロマも摂れないかもしれませんね。

稲本 正プラスの本拠地になっている飛騨高山の森は、亡くなった菅原文太さんが昔、地元のおじいさんと一緒に手入れをしてくれていたんですよ。その森を受け継いで、今は「結馨(ゆいか)の里」としていて、僕らのアロマは全部そこから出発しています。香る森とは、生態系の良い森のこと。本来、日本の森はそうだったんですよ。

中村 なるほどね。手入れをしないと、森が死んでしまうんですね。

稲本 とくに、香る樹木や植物が育つにはそれぞれに向く環境があって、それを壊すとダメになってしまう。たとえばクロモジは、半日陰の場所で、ある程度水分があって、良い土壌であるほうが育つ。でもニオイコブシは、尾根で水分が無い場所のほうがいい。それぞれの樹に合う条件を満たしてあげないと死んでいっちゃうんですよ。日本のスギ林も同じで、ちゃんと間伐してあげれば、下にクロモジが生えます。つまりは、人が行かなくなると森はダメになるということなんです。中村さんはずっとここに住んでいるから、この自然が保たれてるわけだよね。

アロマも人間も、宇宙の根源でつながっている


庭にある池。湧き水は格別な美味しさ

中村 うちの庭の一番下は、湧き水が出るんです。小さな池では、トンボも生まれます。調べてもらったら、とてもいい水質で。お料理やお茶に使っています。

稲本 水がいいっていうのは重要だよね。僕はアロマを抽出するのに最初は市の水道を使っていたんだけど、井戸水に変えてみたら驚くほど香りが良くなった。水道水は、塩素が入っているからね。ほんの0.数パーセントでも、脱臭剤が入っているのはダメなんだ。人間も7割は水で構成されているから、中村さんが元気なのはその水のおかげかもしれないですね。地球の表面も7割は水だし、樹木も7割は水で、言わば「水の柱」だからね。水がいいか悪いかは、そこに生きている生き物の元気さを相当左右します。

中村 そうね。たしかに、水のおかげかもしれない。地球は水の惑星ですものね。水があったから生き物が生まれた。月に生き物はいませんから。

稲本 そうそう。アロマを勉強すると、物理を勉強していた頃を思い出しますね。宇宙には、元素では「水素」が1番多くて、その次は「ヘリウム」。3番目は「酸素」、4番目は「炭素」。「水素」と「酸素」から水が出来て、「水素」と「炭素」で生き物がつくられて、あとは、「水素」と「酸素」がくっついた「水」によって、多くのものができている。「無機物」って生命とかけ離れたものかと思っていたんだけど、実はみんなつながっているんだよね。宇宙の源から。


シダの葉っぱ

中村 ちなみに稲本さん、今まで、どれぐらいの樹から何種類の精油を?

稲本 100種類は試してみて、今うちで扱っているのは、9樹種、13品目。同じヒノキでも、「幹のアロマ」と「葉っぱのアロマ」の成分は違うんです。幹に含まれるアロマのほうがアルコールが多くて落ち着く成分で、葉っぱにつくアロマは、気分が高揚する成分(酢酸系)。植物はよく考えてアロマをつくっているんだね。抽出部位が違うと、同じ植物でも別物。

中村 同じ樹でも、育つ場所で成分が違ったりするんでしょう?

稲本 明らかに違う。同じ樹でも、春と夏と秋と冬で香りは変わりますね。たとえば、ガスクロマトグラフィーで精油の成分分析をした場合、同じ学名の植物であれば、違う地域で育ったとしても、データはほぼ同じになるんだけど、「稲本さん、この精油、前に嗅いだ香りと違う」と人から言われることがあります。つまり、機械よりも人間の鼻のほうが嗅ぎ比べの能力が高いんですよ。体調によって香りの印象は変わるんだけど。

中村 フランスの香水会社に行ったとき、調香の専門家が居ましたね。機械より何より、その人の鼻がいちばん確かだと。

稲本 そうそう。ただ、認知症になると、ほぼ香りを感じられなくなるんだけどね。年をとっても、香りを嗅ぐ訓練はずっとしたほうがいいですよ。それから最近では、香らなくなっている植物も出てきています。たとえば、中村さんの庭にあるバラは、原種のオールドローズですよね。バラの花は、古い品種しか香らない。バラの花は改良すると、香らなくなっちゃうんです。

中村 改良しているうちに消えちゃうんですか?

稲本 世の中に出ているバラのほとんどはモダンローズ。どんどん花が目立つように交配させていたら、香らなくなっちゃったわけ。香りの役割は「虫を寄せ付けるか」「はねつけるか」なので、農薬を使うと、彼らは香りを出す必要がなくなってしまう。

中村 なるほど。そうですね。


オールドローズ。原種のバラはふんわりと丸く、素朴な表情

後編はこちら!

稲本正さん
いなもとただし 1945年、富山県に生まれる。「正プラス株式会社」代表。一般社団法人日本産天然精油連絡協議会専務理事。国産精油yuicaブランドを立ち上げ、日本生まれの精油の普及を牽引する。1994年、著書『森の形 森の仕事』(世界文化社)で毎日出版文化賞を受賞。『森の惑星』(世界文化社)プロジェクトで世界の森林を訪ねる。

中村桂子さん
なかむらけいこ 1936年、東京都に生まれる。JT生命誌研究館館長。“生命誌”という視点から、生命の神秘を探求。理学博士。東京大学理学部化学科卒。同大学院生物化学修了。三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授等を歴任。著書多数。7月末に、『ふつうのおんなのこのちから』(集英社)を発刊。

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