日本産精油yuicaブランドの生みの親・稲本正さんと、太古から連綿と生命を受け継いできた生き物としての人間のあり方を探求する「生命誌」の研究者・中村桂子さんの対談が、セラピスト2018年8月号で実現しました。
本誌で掲載しきれなかった内容をウェブでお届けします。
今回はその後編です。
取材・文◎中澤小百合 写真◎山下由紀子
日本の自然だからこそ、優しい感受性がつくられる
庭には、清涼な空気が流れる
稲本 僕の会社では、主に樹木から精油を摂っています。以前、花の精油の抽出は試したんだけど、日本は農薬も危ないし、ムリですね。それで、ちょっと話は変わるんだけど、本当にびっくりしたことがあって。今、ニホンミツバチが少なくなっていて、セイヨウミツバチが圧倒的に多いんです。
中村 分かります。この家にも、ニホンミツバチがいたんですよ。20年以上前に、引っ越してきたらもう住んでいたの。脇に花粉の玉をつけて飛ぶ姿が本当に可愛くてね。だけど、来なくなっちゃった。もう2年くらい待ってるんですけどね。
蜜を吸うニホンミツバチ
稲本 この辺りだけじゃなく、全国的にミツバチが消えていっているらしいね。ネオニコチノイド系の農薬の影響ではないかと言われていますね。でも、他にも酷いことがあってさ。農家が、作物を受粉させるために温室でミツバチを飼っているんだけど、受粉が済むとミツバチを焼いてしまう人が中にはいるんですよ。きっと、ミツバチにそれが伝わったんだと思う。
中村 かわいそうに……。以前は、5月の連休に必ず分蜂(ミツバチの群れを分けること)をしていたんですよ。ミツバチって、サクラの木が好きなのね。
稲本 ああ、バラ科だからね。
中村 私、ニホンミツバチが面白いと思うのは、蜜を集める効率が悪くて、優しくて、何でも集めちゃうところ。飛んでいても刺さないし、「百花蜜(ひゃっかみつ)」って言いますよね。
優しくて、効率が悪くて、何でも集めちゃうって、日本人と同じでしょう。
稲本 うん。
中村 私はこれは、“自然がつくった性質だ”と思っているわけ。人間もミツバチも、日本の穏やかな自然のなかで育つと、効率なんかそんなに要らなくて、何でも集めましょう、優しい気持ちになりましょう、となる。この日本の自然と共に暮らすには、本来はそういう生き方が合っているのに、「効率よくやりなさい」「競争しなさい」「選択と集中です」と強制される。セイヨウミツバチの住む地域だったらそうかもしれないですけどね。彼ら(セイヨウミツバチ)は1種類の植物に限定して蜜を採るから効率が良いし、ちょっと獰猛なところもあるし。
稲本 そうだね。だけど、それでいて、ニホンミツバチはスズメバチに勝つ力を持っているんだよね。
中村 そうなの。ニホンミツバチたちが束になって、スズメバチをうわーっと囲んでね。
稲本 ただミツバチって、よく働くのは、だいたい3割しかいない(笑)。
中村 ええ。アリも3割って言います。
稲本 そうそう。中途半端なやつが5割ぐらい。あとの2割は全然働かないやつがいる(笑)。その働かないやつを外して、ミツバチ全部を働かせようとしても、また働かないやつが出てくる(笑)。絶対2割くらいは出てくるんだって。
中村 そのぐらいが社会がうまく行くんですよ。みんなでワサワサしてたらうるさいじゃない。のんびりした人も必要なのよ、そう思います。
他の生き物とつながるための「アロマ」があるはず
葉っぱの上を歩くカマキリ。カメラを向けるとポーズをとってくれた
稲本 中村さんと話してて思うのは、「昆虫と植物の関係」をよく勉強して、そこから「人間が植物とどうコミュニケーションするかを学ぶ」というところまで、まだ世の中は進んでいないということ。今までのアロマって、“瓶の中の成分が何に効くか”を優先させてたけど、それが一番大切なことではないんだよ。アロマは、植物から生まれているわけだからね。たとえば、昔、中村さんから聞いたチョウチョの話は、僕、びっくりしたんです。
中村 チョウのメスの前脚には、人間の味蕾(舌にある「味」を感じる器官)と同じ細胞があるんですよ。チョウが産卵するために樹の葉っぱのところにやってきて、トントンって足でつつくんですね。そうすると葉っぱが傷ついて、中から汁が出てくるじゃないですか。チョウは出てきたものの味を足で見て、「おお、これはミカンの葉っぱだぞ」って確認して、安心して卵を産むんです。
稲本 すごいことだよね。
中村 味を見る細胞は、どの生き物も同じ。よく「人間の遺伝子」とか言うけど、実際、そんなもの無いのです。自然は、人間だけ特別な遺伝子を作ってやるなんてことはしていない。「味見るんなら、この細胞で見なさい」って全ての生物に分け与えているの。生き物全てで同じものを使っているわけだから、自然を壊すようなことをすれば、人間だって壊れていく。
稲本 人間は、「寄せ集め」で出来ているんだね。他の生き物と共有してるんだ。
中村 どの生き物も、“コラージュ”なんです。これとこれとこれを集めて、そうしてさまざまな植物や昆虫や動物に変わっていく。
稲本 そして、動物や植物だけじゃなくて、細菌たちもいますね。
中村 ええ。いてくれないと、私たちは生きていけませんから。
稲本さんが専務理事を務める日本産天然精油連絡協議会では、
精油の成分分析など、品質の向上に向けた取り組みを行っている
稲本 まだ全然解明されていない世界だけど、その細菌たちは、香りとか、人間の身のまわりにあるものと、見えないところでコミュニケーションしていると思うね。人間は、「自分たちが生き物を支配している」と勘違いしているけど、実際、たいしたこと出来てないんだよ。アロマを通して、そういうことをもっと実感できるといい。
中村 そうですね。アロマを使うことが、生態系とつながっていくといいですね。
稲本正さん
いなもとただし 1945年、富山県に生まれる。「正プラス株式会社」代表。一般社団法人日本産天然精油連絡協議会専務理事。国産精油yuicaブランドを立ち上げ、日本生まれの精油の普及を牽引する。1994年、著書『森の形 森の仕事』(世界文化社)で毎日出版文化賞を受賞。『森の惑星』(世界文化社)プロジェクトで世界の森林を訪ねる。
中村桂子さん
なかむらけいこ 1936年、東京都に生まれる。JT生命誌研究館館長。“生命誌”という視点から、生命の神秘を探求。理学博士。東京大学理学部化学科卒。同大学院生物化学修了。三菱化成生命科学研究所人間・自然研究部長、早稲田大学人間科学部教授等を歴任。著書多数。7月末に、『ふつうのおんなのこのちから』(集英社)を発刊。