セラピスト誌で連載している『人と自然をつなぐ、日本産精油』。日本産精油ブランド、yuicaの生みの親である稲本正さんが、日本産のアロマに関わる方々と往復書簡を交わし、日本のアロマを通した健康や文化のよりよい未来を探っていきます。連載第2回は、徳島県で地産のスダチを使った精油を開発した、アロマセラピストの徳田育子さんの往復書簡をご紹介しました。本誌で掲載できなかった、手紙の続きを、ここでご紹介します。
構成◎本誌編集部 写真◎山下由紀子、漆戸美保
稲本正さんから徳田育子さんへの手紙
徳田様
こんにちは。稲本正です。先日のお話(セラピスト2018年10月号 日本産精油連載)の続きをお手紙しております。
徳田さんは、数年前、日本産精油を学ぶために、飛騨高山の森に学びに来てくださいましたね。徳田さんはそもそも、いつ頃、どういうきっかけでアロマに興味を持たれたのでしょうか?
ここで、私自身のことについて書きましょう。私は、2001年、ブラジルのアマゾン森林研究所でアロマを教わり、ローズウッドの植林を研究している海外のプロジェクトを取材しました。その後、さらにアマゾンに滞在して、本格的なアロマの勉強をしました。
その後、日本でもアロマを勉強し始めたのですが、日本に豊かな森があるにもかかわらず、「アロマは西洋の物!」と、当時のアロマ関係者は頭から信じ込んでいました。たとえば、私が著書『森の惑星』でアマゾンやマダガスカルなど世界の森林を訪ねた経験を話すと、皆がローズウッドやイランイランの効果効能の話を嬉々として説明してくれるのですが、アロマの植物がどうやって棲息しているか? ということは、皆さん全く知りませんでした。私は、「頭ばかりでアロマを理解するこの風潮はチョット変だな?」とそのときから感じていたのです。
飛騨高山の森
そもそも香りは、精油の知識があってもなくても、良し悪しを評価できるものです。
それを証明するため、2010年に、「農商工ファンド事業」の支援を得て、専門の調査会社に依頼して、日本産の精油と海外産の精油をブラインドテスト(目隠しをしての比較)をしてみたことがありました。そして、どちらが『好きか』『懐かしいか』『使ってみたいか』という比較を、「ローズウッド」と「クロモジ」、「西洋のモミ」と「日本のモミ」、「サイプレス」と「日本のヒノキ」(日本産精油は全てyuica製品)、全国各地で行ったのです。すると、地域差はほとんどなく、ほとんどの人が5点満点の3点くらいの評価を日本産精油につけ、2.5点くらいを海外の精油という評価を下しました。
ただし、人は、過去に嗅いだ香りを、知らず知らずのうちに記憶の裏側にとどめています(プルースト効果)。
クロモジ精油をブラインドテストしたときのことです。クロモジの香りを初めて嗅いだ一般の人は、おしなべて「こんな良い香りがこの世にあったのか!」というほどの高評価で、至ってシンプルな感想ばかりだったのですが、海外産アロマに精通している人の感想は、クロモジと兄弟種であり、似た成分構成を持つローズウッドと比較した内容が目立ちました。
「ローズウッドと似ているけれど、クロモジの香りのほうが奥深さと幅がある」とか、「ローズウッドの〝偽物〟か、ローズウッドに何かをブレンドした香りではないか?」という感想などーー。つまり、クロモジを嗅ぐ以前に、ローズウッドの香りを知っていたために先入観が働き、違う精油を基準にして、香りの良し悪しを評価していたわけです。
クロモジ
香りは、無意識を司る脳の大脳辺縁系に直接届くので、人の気分をダイレクトに良くしたり悪くしたりします。ですから本来は、香りを受験勉強のように覚えるのではなく、素直に好きだと思える感覚、日本人の遺伝子レベルにまで刷り込まれているような感覚を大切にしたほうが、アロマの効果も出やすいのではないでしょうか。
徳田さんもご存知だと思いますが、「『クロモジの香りを好きだ』と答えた人のほうが、そうでない人と比べて、施術の効果がより高かった」という報告も出ています。おそらく、他のセラピストさんもトリートメントするときにこういったことを感じていると思います。日本産アロマを広めるために、このあたりもエビデンスの研究をしていくことが必要かもしれません。
稲本正
徳田育子さんから稲本正さんへの手紙
稲本正先生
こんにちは。お手紙を、ありがとうございます。
私がアロマに興味を持ったのは30代の頃です。仕事が忙しく、3人の子育てもしていて余裕がなかったときに、たった一滴のラベンダー精油が、私の眠りを満足のいくものにしてくれたことがきっかけです。
ただ、西洋のアロマではなく、その後、日本産精油が私のアロマの主軸になったのは、幼い頃の記憶が影響しているかもしれません。
私は徳島県徳島市吉野本町に生まれ、「四国三郎」とも呼ばれる、満々と水を湛えた吉野川の側で育ちました。また、市内の「城山」と「眉山」は、私の中での“大自然”で、「城山」は特に森の遷移が進み、照葉樹の生い茂る自然林は私の遊び場となりました。
吉野川
ところが私が小学生のとき、大人が言いました。「徳島の山はもうダメだ」と。
当時、徳島の山は、植林によって尾根までスギが植えられていました。しかし、燃料が石油になってから間伐材が燃料として使われなくなり、材木も、安価な外国産の材に押され、自ら命を断つ林業家まで出て来てしまいました。その言葉を聞き、私はとても悲しくなりましたが、「この山は大きな財産だ。徳島を変えていくのは林業に他ならない」。森林を財産として活かせる方法がきっとあるはず…と、幼いながらにそう考えました。
日本生まれの精油の香りを初めて嗅いだのは、AEAJ主催の「アロマフェア」のときです。稲本先生は覚えていらっしゃらないと思いますが、稲本先生と北川先生がお二人で日本産のアロマを販売されていました。そこで嗅いだクロモジブレンド精油の香りを、私は未だに忘れることが出来ません。爽やかにして涼やかで上品。このような香りがあるのかと驚愕しました。クロモジもヒノキも柚子も、嫌味のない懐かしい匂いだと感激したのです。
厄介者扱いされていた樹木が価値を生み、環境の保全に役立ち、雇用を生み、そして森の香りを自然から切り離された大都会の人たちに心身とも健やかに整っていく。私の原点となった、徳島の山を思い出しました。
日本産精油のスペシャリストになってからは、さらにセラピストとして研鑽を重ね、日本人の嗅覚の受容体たんぱくを折りたたむ遺伝子情報は、日本人が日本列島に移住してから4万年の間に形成されており、父祖の代から遺伝情報として伝わっている受容体に一番反応し、日本人の心に届くのは「森林の香り」であると学びました。
実際に、当校を訪れた85歳の男性が、外国産の精油の香りは全く嗅ぎ取れなかったにもかかわらず、それよりも香りが薄い柚子やヒノキの香りには反応したのです。このとき、「自分たちの身の回りにある香りこそが、その人を癒していけるのだ」と、はっきりと実感しました。
体臭が濃く、強い香料に慣れた欧米人の嗅覚受容体と、日本人の嗅覚受容体はおのずから違います。だから同じ濃度でなくても、十分効果は得られるのです。
徳田さんが新しく創った徳島産スダチ精油
ヒノキ
日本の樹の馨(かおり)、クロモジ、ヒノキ、クスノキ、杉は元来神事にも使われてきました。西洋の香りのように主張せず、静かに着実にその人を癒していきます。
身を改め、常に大自然とつながる日本産のアロマは、日本人の健康な魂に直接アクセスできる香りである。それが、日本の香りを広げるもう一つのヒントになると思っております。
徳田育子
日本産天然精油連絡協議会専務理事
稲本正
いなもとただし 1945年、富山県に生まれる。「正プラス株式会社」代表。一般社団法人日本産天然精油連絡協議会専務理事。国産精油yuicaブランドを立ち上げ、日本生まれの精油の普及を牽引する。1994年、著書『森の形 森の仕事』(世界文化社)で毎日出版文化賞を受賞。『森の惑星』(世界文化社)プロジェクトで世界の森林を訪ねる。
取材協力◎正プラス株式会社 https://www.yuica.com/ 一般社団法人日本産天然精油連絡協議会 TEL03-3423-7156 https://j-neoa.or.jp/
アロマセラピスト
徳田育子
とくだいくこ 「Aroma de Renati」代表。AEAJ認定アロマセラピスト。yuica認定日本産精油スペシャリスト。日本心理学会認定心理士。徳島県農商工連携ファンド助成金事業の助成を受け、今年、「徳島スダチ精油」を完成させ、徳島からの日本産精油の普及に尽力。AEAJイメージフレグランスコンテストでは、日本産精油を使い、AEAJ賞を受賞した。
取材協力◎株式会社Renati tura TEL088-678-3480
http://www.renati-tura.com/school/